gorunya-zaの徒然日記

日々の出来事、思い、考えたことなどを気ままに書き綴ります

静かな土曜日

本日3月11日は東日本大震災から6年が経過し、あらゆるメディアで特集が組まれ静かな祈りが日本中で行われていることと思います。

6年前の僕は仕事が変わるタイミングで、有休を2週間ほどもらっていたこともあり、連日遅くまで震災関連の報道を見ていました。

それから6年。様々なことがありましたが、少し落ち着き、今日は所用が早く終わったので、この時間からブログの更新ができています。

静かな祈りの一員として、今日は過ごしています。

 

嗜好品としての煙草

かれこれ煙草を吸い始めてから20年余り。風邪をひき、とんでもなくしんどいときでも吸い続け、数年前に1週間だけタバコを吸わない日々がありましたが、今は順調に毎日約1箱ほど吸っています。おそらく死ぬまでには数百万円を費やし、高級セダンが買えるほどになっているのでしょう。

それでも。今のところ煙草をやめるつもりはなく、コンビニに毎日のように立ち寄り、1箱、2箱と買い求め、たまりにたまったライターは部屋の引き出しにうなっています。

もちろん未成年者の喫煙は容認できません。若い時分の喫煙は脳にしろ体にしろ、何かしらの害を及ぼすかもしれません。

どうして未成年者の喫煙が認められていないのかを少し僕なりに解釈すると、大人になることは何らかの責任を持つこと。なので、タバコを吸うことにより、害悪があるとすればそれについても自己責任で対応することが求められるからだと思います。

煙草は嗜好品。無くても生きていけます。

1箱1000円でも吸い続け、万一1箱1万円になれば、1日1本、大切に吸うことになるかと思います。

 

目覚まし時計

漢字3文字のタイトルにもそろそろ飽きてきたので、文字数制限を外したタイトルでしばらくは攻めてみようかと思います。

目覚まし時計で思い出に残っているのは、小学3年だか4年だか、クリスマスプレゼントしてもらったロボット型のものです。設定した時間になると電子音声で「はよ起きんかい」、「遅れるよ」などとけたたましく叫んでくれます。

高校生くらいまではそれをずっと使っていました。いつぞやに誤って首をへし折ってしまい、セロテープでくっつけました。それなりに愛着のあるものでした。

今ではどこにあるのか全く分からず、もしかしたら処分してしまったかもしれません。

ネットで調べてみても、どこにもそれらしき画像は無し。もう一度、こいつに起こしてもらいたいなと思います。

地球人

突然、無性に、不思議とウルトラマンレオのOPが聴きたくなる時があります。ぼくはウルトラマン80世代のため、レオはそれより少し昔になりますが、歴代ウルトラマンのOPテーマとしてはレオがメロディー、歌詞ともに秀逸だと思います。


ウルトラマンレオ主題歌&戦闘BGM

 

今日も所用を頑張ろう!

 

 

 

玉子焼

数ある料理の中で、最も簡単かつ美味しく、栄養もあるもの。それは玉子焼。

幼いころは母親が作る玉子焼が楽しみで、醤油を少したらし、ご飯をかきこみ、お茶をすする。時たまそれに小さなウィンナーソーセージが加われば、それは至福の時となります。

というわけで、今日は玉子焼を食べようかと思いましたが、少し寒かったので、味噌汁に卵を溶かし込み、熱々でいただきました。

味皇風に言えば、「うーーーまいぞ~!!」

 

自助論

昔々、『自助論』という本を読みました。多分、2000年だったかと思います。世間はミレニアムに沸いていたのでその時代ですかね。スマイルズという著者で、他にも『向上心』という本があります。ささやかな書棚を見渡しましたが、どちらの著書も見当たらず、もしかすると引っ越しの際に思い切って処分してしまったのかと、少し後悔しています。

自助=セルフヘルプ。天は自ら助くる者を助く。という一節は当時若かった僕には、「ほんまやろか」と、懐疑の念しかありませんでしたが、アラフォーとなった今、これまでの人生を振り返ると、確かにそうやな、と思います。

情けは人の為ならず。この言葉も結局は自分自身の利益を優先するとの意がありますが、それに加えて日々の自助を促している言葉として、今は捉えています。

新年度が近いです。気持ちも新たに仕事に打ち込もうと思う、日曜の午後でした。

利便性

便利と利便。言葉が反対になるだけで意味は少々異なるようで、簡単に表現すれば、

便利=すぐ役立つ 利便=都合が良いこと のようです。

最近のニュースでクロネコヤマトがネット通販拡大の影響によるドライバー不足のため、時間指定の配達を見直すとの報道がありました。僕も年間で少なからずお世話になっています。自宅に配達を頼むより、最寄りのコンビニで受け取ることが昨年から多くなり、深夜、早朝でもいつでも取りに行けるため非常に便利です。

誰かの便利は誰かの犠牲の上に成り立っている。そんな気がしました。利便性向上がどこかに極端にしわ寄せされてしまうのは、いかがなものかと思います。